コンター力学プロジェクトに現れる各アルゴリズムの概要

コンター力学

コンター力学は、非圧縮性流体の渦度場の等値線の時間発展を求めることで、 非粘性あるいは高レイノルズ数の流れをモデル化した計算を行う。 特に2次元でよく用いられ、後に2次元平面を層状に積み重ねることで 3次元の準地衡流渦位方程式に拡張されたアルゴリズムが開発され、利用されている。

コンター移流

速度場の時間発展に寄与しない物理量(passive scalar)の等値線を、与えられた速度場に基づいて移流させ、 passive scalarの等値線の時間発展を求める。 ふつう、コンター力学の手法を援用する。物質輸送の計算(濃度の等値線の移流計算)に用いられることがある。

コンター手術

コンター手術(contour surgery; 妙な単語であるが、よい日本語訳を思い付かないのでとりあえず先例(福本, 2005, ながれ)に従う) は、同じ値を持つコンターが接近したときにコンターを繋ぎ替えること/アルゴリズムである。

コンター手術は、コンター力学にとって非常に重要なアルゴリズムである。

もっとも重要な点は、計算時間の短縮…というよりは、計算可能な時間範囲をより大きくすることである。 コンターの時間発展を求めるには、コンターを構成する節点(node)の速度を全てのコンターの線積分から見積もる必要がある。 それは節点の数が増えるほど多くの計算量を必要とする。 コンター手術は時間発展に伴うノード数の増加速度を抑えることができるため、計算時間の大幅な節約となる。 実際、コンター手術を行わずに時間発展を行うと、1ステップの時間発展を行うために必要な時間が急激に増大し、途中で計算が実質的に停止してしまう。 このような時間方向の計算可能範囲を広げるという意味でコンター手術は非常に重要である。

コンター手術は、コンター力学の計算精度を保つ役割も果たす。コンターは有限個のノード(節点)を繋いだ閉曲線として表現される。 コンター力学のアルゴリズムによって、ノードはコンターの曲率に応じた適切な密度になるように制御される。 このとき、ノード間の最小スケールをパラメタとして与える。 これは、有限差分法の格子幅やスペクトル法の切断波数に対応するようなものである。 もしコンター手術を導入しない場合、一般に、コンター力学によって計算されたコンターはある時刻で交差する(contour crossing)。 コンターが交差することは物理的にありえないので、交差した時刻で系に特異性(singularity)が発生すると解釈される(特異性が発生するとは考えないという解釈もあるようだ)。 これは計算誤差によるものであるとふつうは解釈されている。 コンター手術を行うことで、この特異性の出現率が減ることが期待できる。なぜなら、接近したコンターが同じ渦度の値を持つ限り (正確には、コンターを横切ったときの渦度ジャンプまで同じでなければならない)、 交差する前にコンターを繋ぎ替えてしまい、交差が起こらないようにコンターを変形させてしまうからである。

最後に、コンター手術によるコンターの変形の物理的解釈について記しておく。 コンター手術によるコンターの変形は、粘性散逸をコンター力学においてモデル化したものと解釈されている。 この解釈は物理的にはそれほど奇妙でなく、それなりに妥当であるように思われる (注: しかし、その等価性は数学的には証明されていないはずである。 数学的にどの程度の近似になっているのか、また、より妥当な近似はどのようなものであるか、は細かい事柄ではあるが、押さえておきたい点である)。 2次元の非圧縮性流体においては、初期の渦度場よりも細かいスケールを持つ渦度場に時間発展する傾向がある。 これは、2次元乱流においてエンストロフィー(渦度の二乗)のダウンワードカスケードとしてよく知られる現象に対応する。 (注: 実際に「カスケード」の描像が正しいかどうかは議論の余地がある。一般には、無批判に「カスケード」の描像が受け入れられてしまっているように見受けられる。) 直観的に言うと、渦が複数あった場合、一般に渦は互いに引き延ばし合うため、より細かい構造(フィラメント状の構造)が生成される。 継続的に引き伸ばされることで、渦は予め定められた散逸スケールにまで達するが、そのときに、通常の粘性散逸に対応するものとして、コンターの繋ぎ替えを行う。 フィラメントの先端であれば、フィラメントの切り詰め(shortening)が行われ、同じ渦度を持つ渦度コンターが接近した場合はコンターの併合(合体、接合)を行う。

CASL(Contour-Advective Semi-Lagrangian algorithm)

渦位コンターを格子点データに変換して、その後にFFTを用いて速度場を求めることによって、 渦度場によって誘導される速度場を求める計算量の増大をあるていど防ぐ特長を持つ。 ただし、2重周期境界や円筒座標系など、特定の境界条件でないと使えない。

特に、速度場は渦位コンターよりも荒い解像度で良いので、 FFTを行う格子スケールをコンターの最小スケールに対して大きく取れるため、 同じ精度を実現するための計算量を、CD/CSアルゴリズムよりも一般に減らすことができる。


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