Marshall et al.(2007) のレビュー

目次

1 イントロダクション

1.1 研究の目的・概要

  • 惑星の気候決定における大気・海洋の相互作用の特性を理解するために, 大気・海洋・氷結合システムの数値モデルを用いて, 理想的な実験を行った.
    • 目標は地球の現在気候や古気候を計算することではなく, 結合システムの詳細を調べること.
    • 地形や海陸分布は簡単化(実際, 陸を取り除く水惑星設定). 一方, 大気・海洋の力学は十分に表現.
  • この実験では, 設定は現在地球であるが陸がない惑星の極限を調べる.
    • 5.2 km の一様な水深をもつ海洋に覆われている.
    • 海洋の上の大気は, 入射太陽放射によりエネルギーを与えられる.
    • 条件を満たせば氷形成.

1.2 「水惑星(aquaplanet)」設定を使った先行研究

  • 大気モデラーが言う「水惑星」: スラブオーシャンまたは指定した海水面温度分布を結合した大気のこと.
  1. \cite{hess1993maintenance}
    • 指定された SST を使う水惑星設定を用いて, さまざまな緯度依存の SST 分布に対する熱帯収束帯(ITCZ) の感度を調べた.
  2. \cite{kirtman2000spontaneously}, \cite{barsugli2005tropical}
    • 大気を熱力学的な海洋モデルと結合して, 熱帯の降水が熱帯の平均状態に鋭敏であることを示した.

1.3 \cite{marshall2007mean} と \cite{smith2006global} の間係

  • M07 では, 大気モデルと海洋モデルをフルカップリングする.
  • このような計算はこれまであまりなされていない. 少数例は \cite{smith2006global}.
    • 結合システムにおける海洋循環の役割, 特に全球に熱を輸送する海洋の能力に対する地理的制約の重要性を強調.
  • M07 の純粋な水惑星設定は, S06 の参照実験の設定と同じものであるが, 海洋モデルの定式化に重要な違いが存在する.
    • その違いにより, S06 と異なる気候状態が得られた(と主張している).

1.4 M07 の水惑星計算で得られる気候状態の特徴(概略)

  1. 大気: 現代地球と似ている
    • 加熱/冷却の差異により, 大気の風系は駆動される.
      • 熱帯ハドレーレジーム, 傾圧不安定により壊れる中緯度ジェット
    • 極域の冷却は氷冠を形成.
    • 総観システムの運動量輸送が, 中高緯度域の西風, 低緯度域の東風を維持する.
      • 海洋の真上で吹いた風は海洋の運動を励起
  2. 海洋: 現代地球と異なる循環
    • 循環パターンは帯状ジェット. 方向は海面風と同方向.
      • 熱帯ベルト:西向き, 中緯度:東向き (<- 現代の南極周回流の力学を連想)
    • 子午面循環は風と渦により駆動される沈み込みと関係する.
      • 極域で対流的に駆動される「熱塩循環」は存在しない.
      • 赤道から中緯度まで伸びる「亜熱帯」残差セルを含む.
  3. 大気・海洋間の南北熱輸送の分配
    • 水惑星での大気と海洋の熱輸送の分配は, 現在気候とよく似ている.

1.5 結合システムで見られる変動性について(概略)

  • 南北方向の境界が存在しないために永続的な東西方向の温度勾配は存在せず, "ENSO"現象は現れない.
  • 変動性の卓越するオーダーは中緯度の「環状モード」であり, その環状モードにおいて, 大気の西風は強さと位置の両方がゆらぐ.
    • この変動は, 海洋の帯状ジェットを駆動する東西風の応力に変化を起こす.
  • 結合システムの変動性の究極的な起源は, 大気の帯状ジェットに伴う総観システムの相互作用による「かきまぜ」である.
  • しかし, 二流体の環状モードのカップリングは, 両方の流体で明瞭な十年周期のシグナルをみせることが分かった.
    • 発見した変動性の簡単な確率モデルを開発し, 結合メカニズムの本質をとらえた.

2 結合モデルの記述

2.1 MITgcm(Marshall et al., 1997)

  • 流体の同型性を採用することで, 一つの静力学コアから大気モデルと海洋モデルを得る.
  • 水平格子: 大気・海洋とも立方球面格子
    • 解像度 C32(格子幅約 280 km)
    • 緯度経度格子のように極域で格子が集中しない.

2.2 大気・海洋モデルの詳細

  1. 大気モデル

    中程度の複雑さ

    • 鉛直方向: 5 層
      • 75, 250, 500, 750, 950 hPa
    • 物理過程
      • SPEEDY(Molteni, 2003)
      • 4 バンド放射スキーム, 湿潤対流パラメタリゼーション, 境界層スキーム他
  2. 海洋モデル
    • 鉛直方向: 15 層
      • 海底平坦で, 海深 5.2 km
      • 層幅は表層 50 m, 深部 690 m.
    • diapycnal 混合
      • 混合係数: 3×10-5 m2 s-1
    • 海底の摩擦
      • 強い順圧帯状流が生成しないように海底摩擦のパラメータを調整.
    • 地衡流渦パラメタリゼーション: Gent and Williams(1990)
      • 輸送係数: 800 m2 s-1
    • 対流パラメタリゼーション: 対流調節
  3. Note
    • 海底の摩擦に関して
      • 海底が平坦なため, 風により注入された運動量とバランスする役割を果たす, 地形の摩擦が存在しない.
        • 一方, ACC では海底地形の摩擦が主な運動量のシンク.
      • 強い順圧的な帯状流の生成を避けるために, 深層流がゼロとなるように海底の(線形)摩擦パラメータを調整する.

2.3 その他

  1. 氷モデル
    • 熱力学的氷モデル(Winton, 2000)
  2. 強制
    • 軌道と関係した強制, CO2 レベルは, 現在気候の値を使う.
      • 季節サイクルは表現されるが, 日変化は存在しない.
  3. 計算
    • 大気・海洋モデル間の, 運動量, 熱, 淡水フラックスの交換は, 毎時間(海洋モデルの時間ステップ)で行う.
    • 海洋モデルの初期条件: 静止状態. 温度と塩分は気候値の東西平均
    • 4000 年積分するとおおよそ準平衡状態に落ち着く.
      • 以後示す平均状態とは, 最後の 100 年間の場を平均したもの.
  4. Note
    • システム全体は, 並列計算機上で時間積分される.
      • 大気モデルは各面ごとに 1 CPU, 海洋モデルとカップリング処理にそれぞれ 1 CPU づつ割り振る.
      • 結合モデルを 1000 年間積分するのに二週間かかる.

3 結果

3.1 平均状態: 温度

  1. 温度場
    • 熱帯域:弱い水平温度勾配, その終端から極域まで:傾圧帯.
    • 極は寒冷で, 約 55 度まで氷に覆われている.
    • 海氷の下には温度逆転層
      • 塩分がそれを補償
    • 地球と似た主躍層
      • 深さは亜熱帯で約 1 km, 赤道湧昇域では著しく薄い.
    • 温度躍層や極域の下では, 深層の約 2 ℃ の温度で良く混ぜられている.
      • 深層の流体は高緯度域の上昇流により海面まで上昇.
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3.2 平均状態: 風

  1. 東西風速場
    • 境界層や熱帯から遠い場所では, 風や海流は温度風バランスにある.
    • 亜熱帯: 西風ジェット(250 hPa で 30 ms-1 に達する), 赤道域: 東風.
      • 緯度 30 度より極側で海面の西風が東向きの応力を, 赤道両側では貿易風が西向きの応力を起こす.
      • 極偏東風は存在しない.
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3.3 平均状態: 海流

  1. 東西流速場
    • 海岸が存在しないため, 海面応力と同方向の帯状ジェットが見られる.
      • 内部領域では, 帯状ジェットは温度風バランスにある.
    • 海面応力は eddy drag により弱められながら下端まで達し, 海底の応力と完全にバランスする.
    • 海面で赤道に沿う西向きの流れは 0.8 ms-1, 中緯度の東向きの流れは 0.2 ms-1 に達する.
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3.4 平均状態: 海洋の鉛直流

  1. 鉛直流速場
    • 海面応力の回転により駆動されるエクマン・パンピングは, 温度躍層の下部表面のうねりを説明する.
    • 赤道帯では, 深部の冷水が上昇.
    • 緯度 20 度から 45 度の間では, 暖水が地表から下降.
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3.5 平均状態: 水蒸気, 塩分

  1. 水蒸気, 塩分場
    • 比湿は空気の暖かいところで大きい(赤道下層で, 15 g kg-1, 高度や緯度が高くなるにつれ減少).
    • 水蒸気の "mirror imgae'' である海洋の塩分場は, 舌状の分布をみせる.
      • 亜熱帯では蒸発が降水を上回る. 熱帯・高緯度では, 降水が蒸発を上回る.
    • 氷の下の塩分の低さは, 温度の逆転を安定化させている.
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3.6 平均子午面循環

  1. オイラー平均子午面循環
    • 大気: 赤道の両側:ハドレーセル. 中・高緯度:フェレルセル.
    • 海洋: 大気と同パターン
    • 境界層内で大規模渦の水平渦運動量フラックスが無視できれば, \(\bar{\Psi}_A = \bar{\Psi}_O\) が予期される.
      • ハドレーセルでは当てはまる.
      • 中緯度では \(\bar{\Psi}_A\) が 50 % \(\bar{\Psi}_O\) を上回る(オーダ的には同じ).
        • 総観規模の渦と関係した渦運動量フラックスが無視できないため
        • 大気の渦が駆動する質量フラックスは海洋の子午面循環よりずっと強い <= 大気・海洋間の熱輸送の分配に関する重要な事実
  2. 画像

3.7 海洋の残差循環

  1. 海洋の残差循環
    • \(\Psi_{res} = \bar{\Psi} + \Psi^*\)
      • \(\Psi^*\) は \(\bar{\Psi}\) と逆の傾向
      • 中・高緯度では完全にキャンセル
    • なぜ逆センスか? (\cite{gill1974energy})
      • 海面応力のパターンは, 平均的な浮力面に南北勾配作る.
      • 有効位置エネルギーの貯蓄.
      • 傾圧不安定が浮力面を平坦化 <- 海面の風の効果と相反
    • 極域の成層は弱いが, 沈み込みにより駆動される熱塩循環は見られない.
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4 解析: 力学的な解釈

4.1 方針

  • \cite{marshall2003residual} : 南極周回流のような海洋の帯状流に対する簡単なモデルを開発.
  • MR03 のモデルを適切に修正することによって, 水惑星の海洋の平均的な状態を説明する.

4.2 定式化1

  • 帯状平均, 残差平均された運動量方程式 \begin{equation} - f v_{res} = \frac{1}{\rho} \left[ \left( \frac{\partial \tau}{\partial z} + \frac{\partial \tau_e}{\partial z} \right) + A_h \nabla^2 u_{res} \right] \end{equation}
    • where \(\tau\) は(海面/海底の)応力. 渦応力は, \begin{equation} \tau_e = \rho f \frac{\overline{v'b'}}{\partial \bar{b}/\partial z} = \rho f K s_\rho = \rho f \psi^* \end{equation}

      とパラメータ化する. \(\psi^*(=K s_\rho)\) は bolus streamfuncion, \(K(=-\overline{v'b'}/(\partial \bar{b}/\partial y))\) は渦輸送係数, \(s_\rho(= - (\partial \bar{b}/\partial y)/(\partial \bar{b}/\partial z))\) は平均的な浮力面の傾き.

    • これは, Gent and McWilliams(1990) のパラメタリゼーションの残差平均の解釈である.
    • 運動量の水平混合を表す項を含めている.
      • 西岸境界流と関係した摩擦境界層(Munk, 1950)を表すモデルで必要とされる

4.3 定式化2

  • 帯状平均, 残差平均された浮力方程式 \begin{equation} J(\psi_{res}, \bar{b}) = \dfrac{\partial \mathscr{B}}{\partial z} \end{equation}
    • where \(\mathscr{B}\) は, 小スケールの過程や大気-海洋のフラックスによる浮力フラックス.
    • 内部領域では浮力フラックスの寄与は小さく, 近似的に \(J(\psi_{res}, \bar{b})=0\) である.
      • 実際, Fig.4(bottm) のように, \(\psi_{res}\) と \(\bar{b}\) の等値線は重なる.
    • 温度躍層の構造を求めるには, \(\psi_{res}\) と \(\bar{b}\) の関数関係が表層の過程により決められる必要がある.
      • Marshall(1997) では \(\psi_{res} = - \mathscr{B}_s/\bar{b}_y\) と決まったが, 今の場合, そのような簡単な関係は見つけられないので, モデル結果から与える.

4.4 残差循環の流線関数

  • 帯状平均, 残差平均された運動量方程式を海面から \(z\) まで積分すれば, \begin{equation} \psi_{res} (y,z) = - \underbrace{ \dfrac{1}{\rho} \dfrac{\tilde{\tau}}{f} }_{\overline{\psi}} + \underbrace{K s_\rho}_{\psi^*} \label{BolusStreamFunc} \end{equation}
    • where

    \[ \tilde{\tau} = \tau_s + \int^0_{-z} A_H \nabla^2 u \; dz \]

    • 水平方向の運動量混合が無視できるならば, \(\bar{\psi}\) は深さに依存しない.
      • このとき, 海面と海底のエクマン層の輸送は真反対になる.
    • しかし, 実際 \(\bar{\psi}\) は内部領域で深さに依存している.
      • 運動量バランスの中で粘性の役割は, 無視できない.

4.5 海洋の残差循環(M07 Fig.4)

  1. 画像

4.6 温度躍層の構造の決定

  • \(\bar{b}\) の解を求めるアルゴリズム

    \(\eqref{BolusStreamFunc}\) を整理して,

    \begin{equation} s_\rho = \dfrac{1}{K} \left[ \psi_{res}(\bar{b}) + \dfrac{1}{\rho}\dfrac{\tilde{\tau}}{f} \right] \label{relattion_bSlope_resSF_eulerM} \end{equation}
    • 表層の \(\bar{b}\) 分布とモデルから得られる関数間係 \(\Psi(\bar{b})\) を与えれば, 特性法(see MR03)を使って上の式を積分することにより, \(\bar{b}\) の解を得る(Fig. 5).

4.7 得られた解とモデルの計算結果の比較

  1. 計算結果の比較
    • 両者は良く一致している.
    • MR03 の ACC とその子午面循環の理論の心である力学バランス \(\eqref{relattion_bSlope_resSF_eulerM}\) が, 水惑星の海洋に対して適切であることを示唆する.
      • スベルドラップバランスとは, 根本的に違う点に注意
    • 温度躍層の深さは渦のプロセスによって根本的に制限される.
  2. 画像

5 解析: 結合システムの熱輸送

6 解析: 結合システムの気候の変動性

7 結論

7.1 結論 1

  • 水惑星の数値実験から発見された気候を説明した.
  • 平均状態
    • 大気: 現代の大気を連想させる.
      • 傾圧的に不安定な亜熱帯ジェット, ハドレー循環, 中緯度における地表の西風, 熱帯の貿易風.
    • 海洋: 現代と大きく異なる.
      • 卓越した海面風と同じ向きの帯状ジェット
      • 海洋の力学は \cite{marshall2003residual} の残差循環の理論で捉えられる.

7.2 結論 2

  1. 結論2
    • 海洋の力学は MR03 の残差循環の理論で捉えられる.
      • 温帯: 循環は南極周回流とよく似た力学で説明される.
        • 中緯度のオイラー平均流は渦のボーラス輸送によってほぼ完全に打ち消される.
      • 高緯度: 等密度面は内部領域の深くまで潜り込む.
        • 混合プロセスは弱い内部領域の成層に対し働く => 明瞭な残差循環を維持できない.
      • 低緯度: 中・高緯度で沈み込んだ等密度面が海面に向かい, 温度躍層を形成する.
        • 混合プロセスは強い成層に対し働く => 明瞭な残差循環を維持できる.
  2. 画像

8 参考文献

8.1 参考文献

日付: 2013/12/19

著者: 河合 佑太

Created: 2013-12-25 水 12:18

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