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1 支配方程式

第 1 章では雲対流モデル deepconv/arare4 で用いられている支配方程式につい て説明する.

1.1 大気主成分の凝結を考慮した 2 次元準圧縮方程式系

本モデルでは支配方程式系として準圧縮方程式系(Klemp and Wilhelmson, 1978)に 大気主成分の凝結効果を考慮したもの(Odaka et al., 2005) を用いる. 準圧縮方程式系とは弾性方程式系のうち, 基本場を導入して線形近似を行うもの を指す. 弾性方程式系とは大気の圧縮性を考慮する方程式系を指す. 準圧縮方程式は更に線形近似の適用の有無により, 準圧縮方程式系と完全圧縮方 程式系に分類される. 準圧縮方程式では時間積分にモード別時間分割法(Klemp and Wilhelmson, 1978) を用いることが出来, 計算のコストを下げることが出来る1 ). 一方, 完全圧縮方程式は準圧縮方程式よりも精度の点で優れているものの, モー ド別時間分割法を適用すると安定に計算することが出来ないことが指摘されてい る(MacDonald et al., 2000). そこで計算の効率性を重視して準圧縮方程式系を採用することとする.

また本モデルでは水平 1 次元, 鉛直 1 次元の 2 次元直線直交座標系を採用し た. 本研究では主成分凝結を考慮した対流の性質を理解することを目的としている為, 一般に 3 次元よりも現象の解析を行いやすい 2 次元で議論を行うこととする.

以下, 主成分凝結を考慮した準圧縮方程式系について説明する. 各変数は基本場成分と擾乱成分の和で表現できると仮定する. 擾乱成分は基本場成分に比べて十分小さいと仮定し, 各物理量の時間発展の方程 式における 2 次の微小項を無視する. 但し本研究では対流に着目した計算を行なうので, 移流項については 2 次の微 小量を無視しない. 線形化を行なっている準圧縮方程式系では質量保存及びエネルギー保存が成 立しないことに注意しなければならない 2 ). 準圧縮方程式系では水平流速 , 鉛直流速 , 温位 , エクスナー 関数 , 雲密度 を予報し, 圧力 , 密度 , 温度 などの他の物理量については予報変数を用いて診断的に算出する. 温位, エクスナー関数は以下のように定義される.

(1.1)
(1.2)

ここで , , はそれぞれ基準圧力, 単位質量あたりの気体定数, 定圧比熱を表し, [J K kg], [J K kg] である. 本研究では地表面圧力を基準圧力にとることにし, [Pa] とする.

本研究においては静止状態にある乾燥した水平一様な基本場を与える. 物理量 の基本場成分を , 擾乱成分を と表すことにすると, 各予報変数は以下のように表される.

(1.3)
(1.4)
(1.5)
(1.6)
(1.7)

流速及び雲密度の基本場成分はゼロであるので, 以後流速及び雲密度の擾乱成分 については簡単の為にプライム記号 `` '' を省略する. 基本場は静止状態にあるので, 静水圧平衡の式

(1.8)

が成り立つ. 但し は重力加速度である. hydrostat1 を , で表現する と

(1.9)

となる.

簡単の為大気は CO のみから成るものとし, 理想気体とみなせるものとする. また惑星の回転効果を無視する. このとき主成分凝結を考慮した準圧縮方程式は以下のように記述される.

(1.10)
(1.11)
(1.12)


(1.13)
(1.14)

ここで は音速の基本場成分を表し, 以下の関係式により定めら れる.

(1.15)

但し は定積比熱を表し, [J K kg] である. , , , はそれぞれ水平流速, 鉛直流速, 温位, 雲密度に関する乱流拡散項である. , , はそれぞれ温度に対する潜熱加熱項, 放射 加熱項, 散逸加熱項である. また , はそれぞれ単位時間単位体積当たりの凝結量, 単 位時間単位体積当たりの雲粒の落下量である. , , , の具体的な表式については 1.2 節で述べる. また , の具体的な表式については 1.3 節で述べる.

熱力学の式 AC の中の非断熱加熱項 , , について述べる. 潜熱加熱項については

(1.16)

と表す. ここで は単位質量当たりの CO の潜熱であり, 本モデルでは一定とみ なして [J kg] とする. の具体的な表式については 1.2 節で述べる. は陽に時間発展を解くことはせずに, 実験設定に応じて高度と時間に 依存するパラメータとして与える.

圧力方程式 AD について注意すべき点をいくつか述べる. AD の右辺第 2 項は非断熱加熱に伴う熱膨張の効果を表している. 熱膨張項は

 
  (1.17)

と表現する. AD の右辺第 3 項は凝結による大気質量の減少に伴う圧力低下の効果 を表している. Klemp and Wilhelmson(1978) では, AD の 右辺第 2 項及び第 3 項は十分小さいものとして無視している. AG を用いると, AD は以下のように書き換えられる.
 
    (1.18)

火星極域の場合 [K] であるので, [J K kg], [J kg] より が成り立つ. 即ち火星極域で CO の凝結が生じた場合, 圧力は増加することになる.

以下, 境界条件について述べる. 水平方向の境界では周期境界条件を適用し, 鉛直方向の境界では応力無し条件を 適用する. 計算領域の水平方向の長さを とすると, 任意の物理量 に対して課 されるべき水平方向の境界条件は

(1.19)

と表される. また計算領域の鉛直方向の長さを , 以外の予報変数を とすると, 鉛直方向の境界条件は
(1.20)
(1.21)

と表される.

1.2 乱流パラメタリゼーション

一般に大気の運動を記述する場合, 乱流運動(小規模運動)も考慮する必要がある. しかし数値モデルの場合有限個の格子点を配置して計算を行う為, 格子点間隔よ りも小さなスケール(サブグリッドスケール)の現象を取り扱うことが出来ない. そこでサブグリッドスケールの乱流運動に関する物理量を格子点上の物理量と結 びつけて表現する(乱流パラメタリゼーション).

1.2.1 乱流拡散

本モデルでは Klemp and Wilhelmson(1978), 坪木・榊原(2001)に従って 乱流拡散項, 乱流拡散係数, 散逸加熱項を表現するのに 1.5 次のクロージャモ デルを用いる. 1.5 次のクロージャモデルを用いると , , , は以下のように表現される.

(1.22)
(1.23)
(1.24)
(1.25)

但し , はそれぞれ運動量, 熱に対する乱流拡散係数であり, は サブグリッドスケールの乱流運動エネルギーである. 次元解析に基づき, で表現すると

(1.26)

となる. ここで は混合距離であり, 水平方向の格子間隔 及び鉛直方向 の格子間隔 を用いて と表現す る. また は無次元定数である. については Deardorff(1972) に従って

(1.27)

と与える. 1.5 次のクロージャモデルでは以下に示す の時間発展を解き, 各乱流拡 散項を定める.
 
     
     
    (1.28)

ここで は無次元定数である. 無次元定数の値については Deardorff(1975) に従って とする.

散逸加熱項 については

(1.29)

と与える.

1.2.2 地表面フラックス

地表面からの熱フラックス については簡略化されたバルク法(中島, 1994)を用いて

(1.30)

と表現する. ここで , , , はそれぞれバルク係数, 気層下端での水平風, 地表面温度, 気層下端での温度を表す. バルク係数は一定値であり, とする. 気層下端での水平風は

(1.31)

と与える. ここで は予報して得られた気層下端の水平風であり, は定 数である. が非常に弱くなった場合でもある程度の大きさの地表面 フラックスが保証されるようにする為の定数であり, [m/s] とする. は陽に解かずに, パラメータとして一定値を与える.

1.3 雲物理パラメタリゼーション

1.3 節では単位時間単位体積当たりの凝結量 及び単位時間単位体積 当たりの雲粒の落下量 の表し方について述べる.

地球大気の雲対流モデルでは, 過飽和状態は瞬時に解消されるものとみなし, 飽 和状態となるように凝結量を調整している(例えば Soong and Ogura(1973) ). しかし火星大気の場合, 過飽和状態が実現しうると考えられている. そこで本モデルでは雲粒が有限の時間をかけて成長するものと仮定する.

火星大気での温度・圧力環境下では, CO は気相或いは固相のいずれかの状態で 存在する. 従って本モデルで考えるべき雲物理過程は CO 大気と CO 氷雲の変換の みである. 地球大気の場合, 氷晶核の形成のメカニズムは大気中に存在する微粒子の影響を 受ける不均一核形成と, その影響を受けない均一核形成の 2 種類に分類される ことが知られている(例えば水野(2000)). 地球上の雲や霧などの大部分は不均一核形成によって生じると考えられている. 火星大気中にはダスト粒子や HO 氷でコーティングされたダストが浮遊して おり, 不均一核形成が生じると考えられる(Gooding, 1986). そこで本モデルでは核形成として不均一核形成のみを考える.

雲粒の成長過程は拡散成長と併合成長の 2 種類に分類される. 拡散成長とは気相中の分子が拡散によって雲粒表面に移動・凝結することによっ て雲粒が成長することを指す. 併合成長とは雲粒同士が衝突し, 合体することによって雲粒が成長することを指 す. Tobie et al.(2003) によると, 凝結核となるダストの平均半径が約 0.5 [m] であり(Ockert-Bell et al., 1997), 可視光に対する典型的な光学的厚さがおお よそ 0.1 となる火星大気の場合, 半径 50 [m] 程度の雲粒が併合成長で出来 るのに要する時間は拡散成長で出来るのに要する時間よりも十分長い. 北守(2006) は流れの存在しない火星大気での拡散成長についての数値計算を 行ない, 拡散成長の時間スケールが 1 - 20 [s] 程度であること, 雲粒半径が 5 - 25 [m] となることを見出した. 雲粒半径が小さいほど拡散成長は併合成長に比べて優勢となるので, 火星大気環 境では拡散成長が優勢となると考えられる. そこで本モデルでは併合成長による雲粒成長は無視できると仮定し, 拡散成長の みを考える.

以下, 単位時間体積当たりの凝結量 の取り扱いについて述べる. 本モデルでは単位質量の気相に含まれる凝結核の個数及び半径は空間的・時間的 に一様と仮定する. また雲粒の半径は各格子内において空間的に一定であると仮定する. 更に雲粒は球形の凝結核を核として形成され, 雲粒自身も球形となると仮定する. このとき, 単位時間単位体積当たりの凝結量 は Tobie et al. (2003) 同様, 以下のように表される 3 ).

(1.32)

, , はそれぞれ熱輸送に関する係数, 飽和比, 雲粒半径であり,
(1.33)
(1.34)
(1.35)

と表される. 但し , はそれぞれ熱拡散係数, CO の飽和蒸気圧, は CO 氷の密度, は雲粒半径, は凝結 核の半径, は単位質量の気相に含まれる凝結核の数である. 本モデルでは [kg/m] と与え, , は実験に応じて与える. radi-dens に雲密度の関数として雲粒半径をプロットしたものを示す. CO の飽和蒸気圧については半経験式である Antoine の式 (Antoine, 1888)に基づき,

(1.36)

とする. ここで , は実験により定まる係数であり, CO の場合 , である(化学工学会, 1999).

以下, 単位時間体積当たりの雲粒落下量 の取り扱いについて述べる. は Kessler(1969) と同様に, 雲粒の終端速度 での移流 として表現する. 即ち

(1.37)

と表す. 終端速度 については球形粒子に関する Stokes 則を適用して

(1.38)

と表す. ここで は微小な粒子における Stokes 則からのずれを補正する係数 (Cunningham 補正係数)であり,

(1.39)

と表される(Cunningham, 1910). は CO の平均自由行程であり,

(1.40)

と表される. は Boltzmann 定数, は CO 分子の直径であり, [m kg s K], [m] である(Golden and Sircar, 1994). は粘性係数であり, Sutherland の公式

(1.41)

で表現する(Sutherland, 1893). , , はそれぞれ粘性係数の基準値, 温度の基 準値, CO に関する Sutherland 定数であり, [Pa s], [K], [K] と与え る(理科年表, 2004) 4 ). Vterm に火星極冠周縁の凝結高度付近の特徴的な温度圧力条件 ([K], [Pa])での雲粒の終端速度を示す.
Figure: 雲粒半径を雲密度の関数としてプロットしたもの. 火星極冠周縁の凝結高度付近の特徴的な温度圧力条件 ([K], [Pa])を想定し, また凝結核数濃度を [kg] とした. radi-dens
Figure: 火星極冠周縁の凝結高度付近の特徴的な温度圧力条件 ([K], [Pa])での雲粒の終端速度. Vterm


Footnotes

... 計算のコストを下げることが出来る1 )
モード別時間分割法の詳細については離散化のドキュメントで述べる.
... 立しないことに注意しなければならない2 )
主成分凝結を考慮した準圧縮方程式系でのエネルギー方程式の導出及 びエネルギー非保存の議論については付録 A を参照されたい.
... 以下のように表される3 )
CloudB の導出については北守(2006)の付録 A を参照されたい.
... 2004)4 )
Sutherland 係数は実験によってのみ定められるが, 公式の理論的導出は可能で ある. Sutherland の公式の理論的導出については付録 B を参照されたい.
SUGIYAMA Ko-ichiro 2011-06-14